はじめに
慢性的な痛みと不眠、不安、うつといった精神的な問題は、臨床現場で頻繁に併存が観察される。しかし従来の観察研究では、交絡因子や逆因果関係の影響を排除できず、両者の因果の方向性は明確になっていなかった。
本研究は、遺伝子データを用いたメンデルランダム化(MR)という手法により、痛みと精神疾患の間に真の因果関係が存在するかを検証したものである。イギリスのUKバイオバンクから得られた大規模なゲノムワイド関連研究(GWAS)のデータを用い、頭痛や腰痛など8種類の局所痛と、不眠・不安・うつという3種類の精神疾患について、双方向の因果推定を実施した点が特徴である。
ポイント
本研究では逆分散加重法(IVW)を主たる解析手法とし、82個の精神疾患関連SNPと181個の痛み関連SNPを遺伝子操作変数として用いている。結果として、不眠は頭部・首肩・背部・股関節の痛みのリスクを高める一方、これら4部位の痛みも同様に不眠のリスクを高めるという、明確な双方向の因果関係が確認された。またうつについても、頭痛・首肩痛・背部痛・腹部痛との間で双方向の関連が認められた。一方、不安については痛みへの影響が限定的で、首肩痛と背部痛のみを高める一方向性の関係にとどまり、痛みが不安を引き起こすという逆方向の関連は確認されなかった。さらに「痛みが全くない」という状態は、不眠・不安・うついずれのリスクも有意に低下させることが示されている。
内容の中でのトピック①:痛みが精神疾患へ及ぼす影響
局所痛から精神疾患への影響を見ると、頭痛はうつのリスクをオッズ比1.06倍、不眠のリスクを1.14倍高める。首肩痛はうつを1.09倍、不眠を1.95倍、背部痛はうつを1.08倍、不眠を1.40倍それぞれ高めるという結果であった。特に股関節痛は不眠リスクを2.29倍まで高めており、局所痛の中でも影響力が大きい部位であることが示唆される。腹部痛と膝痛はうつのリスク上昇と関連する一方、不眠との関連は認められなかった。なお不安については、いずれの局所痛からも有意な因果関係は検出されず、顔面痛はいずれの精神疾患のリスク上昇とも関連しなかった。
内容の中でのトピック②:精神疾患が痛みへ及ぼす影響
逆方向の解析では、不眠が調査対象となった全ての痛み部位(頭部・顔面・首肩・背部・腹部・股関節・膝)のリスクを高めるという、極めて広範な影響が確認された。オッズ比は部位により1.01から1.12の範囲であった。うつは頭痛を1.28倍、首肩痛を1.32倍、背部痛を1.35倍、股関節痛を1.17倍高めており、特に顔面痛・股関節痛についてはうつからの一方向的な影響のみが確認され、逆方向の因果は認められなかった。不安は首肩痛を1.83倍、背部痛を1.54倍高めたが、それ以外の部位への影響は限定的であった。これらの結果は、痛みと精神疾患が脳の前頭前皮質や海馬など共通の神経基盤を介して相互に影響し合う可能性を支持しており、心理的介入を痛みのマネジメントに組み込む臨床的意義を裏付けるものといえる。
出典データ(PDF)
Yao C, Zhang Y, Lu P, et al. Exploring the bidirectional relationship between pain and mental disorders: a comprehensive Mendelian randomization study. The Journal of Headache and Pain. 2023;24:82. https://doi.org/10.1186/s10194-023-01612-2
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