はじめに
柔道整復師、鍼灸師、理学療法士、スポーツトレーナー、セラピストとして、日々多くの女性患者と接する中で、「月経痛がひどいけど我慢している」「更年期の症状で仕事に集中できない」といった声を耳にすることはないだろうか。
2025年1月、厚生労働省は画期的な発表を行った。労働安全衛生法に基づく一般健康診断の問診票に、女性特有の健康課題(月経困難症、月経前症候群、更年期障害等)に関する質問を追加するというものだ。これは、女性の健康課題が個人の問題ではなく、社会全体で取り組むべき重要なテーマであることを示している。
本記事では、最新のデータと国際的な研究成果をもとに、女性特有の健康課題の実態と、医療従事者・トレーナーとして私たちが果たすべき役割について考察する。
女性特有の健康課題とは
ライフステージごとに変化する健康課題
女性は生涯を通じて、ホルモンバランスの変動により、男性とは異なる独自の健康課題に直面する。思春期の初経から始まり、成熟期の月経随伴症状、妊娠・出産期の身体変化、更年期症状、そして老年期の骨粗鬆症リスクまで、各ライフステージで異なる課題が存在する。
厚生労働省が2025年1月に公表した「女性特有の健康課題に関する問診に係る健診機関実施マニュアル」では、月経困難症、月経前症候群(PMS)、更年期障害を主要な健康課題として位置づけ、職場での困りごとについて問診で確認することの重要性を強調している。
月経随伴症状による日常生活への影響
月経随伴症状は、多くの女性が経験する最も身近な健康課題である。オランダで実施された32,748名の女性を対象とした大規模調査では、月経関連症状により年平均23日の生産性低下が生じていることが明らかになっている。
更年期症状とキャリアへの深刻な影響
Mayo Clinicが実施した4,440名の働く女性を対象とした研究では、13.4%が更年期症状により少なくとも1つの職場での悪影響(欠勤、生産性低下、昇進辞退、離職など)を経験していると報告された。米国経済全体では更年期症状により年間266億ドル(約3.8兆円)の経済損失が発生していると推計されている。
女性特有の健康課題がもたらす社会的・経済的損失
日本における年間3.4兆円の経済損失
経済産業省が2024年2月に公表した試算によれば、女性特有の健康課題による社会全体の経済損失は年間約3.4兆円にのぼる。
| 健康課題 | 年間経済損失 (推計) | 主な影響内容 |
|---|---|---|
| 月経随伴症状 | 約0.6兆円 | 欠勤、パフォーマンス低下 |
| 更年期症状 | 約1.9兆円 | 離職、早期退職、昇進辞退 |
| 婦人科がん | 約0.3兆円 | 長期休職、治療による就労制限 |
| 不妊治療 | 約0.5兆円 | 通院のための休暇、離職 |
| 合計 | 約3.4兆円 | – |
医療セクターにおける深刻な実態
2025年1月にHealthcare Businesswomen’s Associationが発表した国際調査では、医療セクターで働く女性1,000名以上を対象に実施された結果、70%が過去1ヶ月間に女性特有の健康問題により1〜5日分の生産性を失っており、61%が健康状態を理由に休暇を取得したと報告されている。さらに、雇用主が女性の健康問題に関する適切な教育やリソースを提供していると回答したのは、わずか10.14%に過ぎなかった。
女性特有の健康課題が見過ごされてきた背景
社会的スティグマと「隠れ我慢」の実態
日本では、月経痛や更年期症状を「我慢するもの」として捉える文化的背景が根強く残っている。ツムラの調査では、全国の20〜50代女性の約8割が「隠れ我慢」を抱えながら日々過ごしていることが明らかになっている。
経済産業省の調査によれば、女性従業員の約5割が健康課題により職場で困った経験があると回答しているにもかかわらず、管理者の約4割が女性特有の健康課題への対処法に困っており、7割以上が健康課題が労働損失や生産性低下に影響することを知らない、または分からないと回答している。
職場環境における理解不足
多くの職場では、女性特有の健康課題に対する理解や配慮が不足している。生理休暇制度が存在しても実際には取得しづらい雰囲気があったり、更年期症状について上司や同僚に相談できない環境が存在する。
医療従事者として果たすべき役割
専門知識の習得と継続的学習
柔道整復師、鍼灸師、理学療法士、スポーツトレーナー、セラピストは、女性の身体に直接触れ、健康状態を評価する機会が多い専門職である。そのため、女性特有の健康課題に関する基本的な知識を持つことが不可欠となる。
具体的に習得すべき知識:
- 月経周期とホルモン変動のメカニズムと身体への影響
- 月経困難症やPMSの典型的な症状
- 更年期症状の多様性と重症度評価
- 妊娠・出産に伴う筋骨格系の変化と運動療法(医者との連携上での)
- 女性に多い整形外科的疾患の把握(骨粗鬆症など)
厚生労働省の「女性の健康推進室 ヘルスケアラボ」では、女性の健康に関する最新情報や教材が提供されており、継続的な学習に活用できる。
適切な問診とコミュニケーションスキル
女性患者が健康課題について話しやすい環境を作ることが重要である。
実践的なアプローチ:
- プライバシーに配慮した問診スペースの確保
- 「最近、体調で気になることはありますか?」といった開かれた質問の活用
- 月経周期や更年期症状について自然に尋ねられる信頼関係の構築
- 必要に応じて婦人科受診を勧める際の配慮ある言葉選び
多職種連携とネットワーク構築
女性の健康課題は、単一の専門職だけでは解決できない複雑な問題である。産婦人科医、産業医、心理職、栄養士など、多職種との連携が不可欠となる。
厚生労働省の「女性の健康づくり」では、女性の健康週間(3月1日〜3月8日)の実施や、女性の健康を包括的に支援するための取り組みが紹介されている。
個別化されたアプローチの実践
女性の身体は、月経周期や更年期といったホルモン変動の影響を大きく受ける。そのため、画一的なアプローチではなく、個々の状態に合わせた柔軟な対応が求められる。
臨床実践のポイント:
- 月経期には強度の高い運動や刺激の強い施術を避け、リラクゼーション重視のメニューに変更
- 更年期症状のある女性には、骨密度低下を考慮した運動処方と関節保護
- 妊娠中・産後の女性には、専門的な知識に基づいた安全な施術・指導
- PMSの時期には、自律神経調整を重視したアプローチ
おわりに:健康に携わる私たちの使命
女性特有の健康課題は、個人の問題ではなく、社会全体で取り組むべき重要なテーマである。年間3.4兆円という日本の経済損失という数字は、この問題を放置することの社会的コストを如実に示している。
しかし、数字だけでこの問題を語ることはできない。一人ひとりの女性が、月経痛や更年期症状に苦しみながらも、それを表に出せずに「隠れ我慢」を続けている現実がある。健康課題を理由に、キャリアを諦めたり、昇進を辞退したり、最終的には離職を選ばざるを得ない女性たちがいる。
柔道整復師、鍼灸師、理学療法士、スポーツトレーナー、セラピストとして、私たちは女性の身体と健康に深く関わる立場にある。だからこそ、女性特有の健康課題に対する正しい理解と認識を持つことが極めて重要である。
私たちにできることは、まず「知る」ことから始まる。 女性のライフステージごとの健康課題を理解し、月経周期やホルモン変動が身体に与える影響を学び、更年期症状の多様性と個人差を認識し、適切な受診勧奨ができる知識を身につける。
そして、「対話する」ことを大切にする。 女性患者が健康課題について話しやすい環境をつくり、プライバシーに配慮しながら丁寧に問診し、必要に応じて専門医への受診を勧め、一人で抱え込まないよう寄り添う姿勢を持つ。
さらに、「つなぐ」役割を果たす。 産婦人科医、産業医、心理職など多職種と連携し、地域の女性健康支援リソースを把握して紹介し、職場や組織での理解促進に協力し、女性の健康に関する正しい情報を発信する。
厚生労働省が一般健康診断に女性特有の健康課題に関する問診を追加したことは、社会が変わり始めている証である。この変化を加速させるためには、医療従事者一人ひとりの意識と行動が不可欠。
健康に携わる私たちだからこそ、女性特有の健康課題に対する認識を深め、「私たちに何ができるのか」を真剣に考え、行動に移すことは専門性を活かす機会であり、同時に社会的使命でもある。一人ひとりの女性の健康を支えることが、社会全体の健康と繁栄につながっていくだろう。
参考情報
公的機関リンク
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著者:ミラウェルの中の人
mirawell メディアディレクター
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ミラウェルのメディアディレクター
これまで、約130を超えるセミナーコンテンツの
プロデュース/制作/集客/ディレクションを担当。
<保有資格>
・柔道整復師
・NSCA-CPT
・JADP認定スポーツメンタルトレーナー
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