肩のしびれや腕のだるさを訴えるアスリートに対し、「使いすぎ」「肩こり」で済ませてしまうケースは少なくない。しかしその背景に、関節ではなく神経・血管が圧迫される「胸郭出口症候群(TOS)」という”見えにくいスポーツ障害”が潜んでいることがある。発症率自体は一般人口で10万人あたり3〜80人と稀だが、海外の系統的レビューでは、野球やスイミングなど上肢を駆使する競技者に明らかな偏りがあることが示されている。一般人口とアスリートでは、好発年齢から治療後の経過まで様相が異なる。本稿では海外論文と国内の公的情報を基に、その違いを整理する。
胸郭出口症候群は”見えにくいスポーツ障害” ― まず仕組みを理解する
関節ではなく神経・血管が障害される特殊性
野球肩や野球肘、ランナー膝といった一般的なスポーツ障害は、関節や腱そのものに負荷が蓄積して起こる。一方TOSは、鎖骨と第1肋骨の間にある「胸郭出口」という狭い空間で、腕神経叢や鎖骨下動静脈という”通り道”が圧迫されるのが特徴だ。圧迫部位は前斜角筋と中斜角筋の間、鎖骨と第1肋骨の間、小胸筋の下の3カ所に分けられ、日本整形外科学会はそれぞれを斜角筋症候群・肋鎖症候群・小胸筋症候群と呼び分けている。
神経性・静脈性・動脈性、3タイプの違い
TOSは圧迫される組織により3タイプに分かれる。腕神経叢が圧迫される神経性TOS(N-TOS)が全体の約90〜95%を占め、静脈性TOS(V-TOS)は5〜10%、動脈性TOS(A-TOS)は稀とされる。静脈性TOSが重症化すると上肢深部静脈血栓症(Paget-Schroetter症候群)に至ることもあり、いずれも一般的な「使いすぎ障害」とは異なる病態である点を押さえておきたい。
「肩こり」「野球肩」と紛れやすい初期症状
挙上動作でのしびれやだるさは、肩関節そのものの障害と症状が重なりやすい。系統的レビューでも、TOSは診断基準が確立されておらず他疾患を除外して初めて疑われることが多いと指摘されている。スポーツ現場では「使いすぎ」で片付けられがちな点が、一般的な関節障害との大きな違いだ。
一般人口とアスリートで発症率はどう違うのか
一般人口における推計発症率
TOSの発症率は10万人あたり3〜80人と幅広く推計され、稀な疾患に位置づけられる。ただしこの数字はあくまで一般人口全体を対象にしたものであり、競技種目別の発症率は別に評価する必要があると系統的レビューは指摘している。
性差・好発年齢に見られる「逆転」
一般人口では女性に多く、神経性TOSの好発年齢は30〜40歳とされる。一方アスリート集団ではこの傾向が必ずしも当てはまらず、性差は明確でないとの報告がある。年齢についても、後述の通りアスリートは一般人口より明らかに若い層に集中する。
比較表で見る一般人口とアスリートの違い
| 項目 | 一般人口(非アスリート) | アスリート(高水準) |
|---|---|---|
| 神経性TOSの好発年齢 | 30〜40歳 | 平均23歳前後 |
| 性差の傾向 | 女性に多い | 明確な性差は報告されず |
| 頚肋の保有率 | 約1% | TOS患者の約半数に確認 |
| 術後「治癒した」と回答した割合 | 28% | 40% |
| 日常生活に支障なしの割合 | 56% | 77% |
| 神経性TOSの復帰率 | 約50%(職場復帰) | 約81%(競技復帰) |
| 静脈性TOSの復帰率 | 約77%(職場復帰) | 約93%(競技復帰) |
スポーツ障害として見たときの特有リスク
投球・水泳などオーバーヘッド動作による慢性圧迫
系統的レビューに集積された症例の多くは野球投手と競泳選手だった。米国のある施設で治療を受けた高水準アスリート41人のうち、野球選手13人、水泳選手13人、水球選手5人が含まれていたと報告されている。投球やオーバーヘッド動作の反復が、胸郭出口部を慢性的に圧迫する典型例だ。
柔道など外傷・コンタクトプレーが関与するケース
野球・水泳以外にも、サッカー、自転車競技、柔道、ランニング、クライミング、トライアスロンなど多様な競技で症例報告がある。鎖骨骨折や肋骨疲労骨折といった外傷由来の仮骨形成が胸郭出口部を狭めるケースもあり、柔道整復師など外傷対応に携わる臨床家にとっても無関係な疾患ではない。
筋肥大・ウエイトトレーニングという競技者特有の要因
ウエイトトレーニングそのものがTOSのリスク因子になりうるとの指摘もある。小胸筋や斜角筋の肥大は一般人口にはあまり見られない競技者特有のリスクであり、ここにも一般人との違いが表れる。
治療後の経過は一般人とどう違うのか
年齢・回復力という背景の違い
非アスリートとアスリートの神経性TOS術後を比較した研究では、アスリート群の平均年齢は23歳、非アスリート群は38歳だったと報告されている。若年であることに加え、もともとの身体能力の高さが、後述する良好な予後につながっている可能性がある。
競技復帰率と復帰までの期間
高水準アスリート41人を追跡した報告では、静脈性TOSの93%、神経性TOSの81%が元の競技レベルに復帰し、復帰までの平均期間は4.7カ月だった。大リーグ投手を対象にした調査でも、手術を受けた選手の70%台が1年前後で競技に復帰している。一般人口を対象にした研究での職場復帰率(神経性TOSで50%程度)と比べると、アスリートの復帰率の高さが際立つ。
再発・合併症リスクの比較
良好な予後の一方で、再発率は神経性TOSで7%、静脈性TOSで14%、術後合併症率も8〜15%程度とされる。競技復帰を急ぐアスリート特有の事情が、再発リスクの管理を難しくしている面もある。
他のスポーツ障害との鑑別が欠かせない理由
野球肩・肘、肩関節障害との見分け方
挙上動作でのしびれや脱力感は、投球障害肩や肩関節唇損傷といった一般的なスポーツ障害と症状が重なる。他院で野球肩・肘の診断・治療を経てもなお改善せず、後にTOSと判明する例も報告されている。
頚椎疾患や他の絞扼性神経障害との違い
頚椎椎間板ヘルニアや肘部管症候群など、似た症状を示す疾患を除外できて初めてTOSの可能性が高まる。日本整形外科学会も、これら疾患との鑑別の重要性を説明している。
早期に疑うべき臨床サイン
オーバーヘッド動作の多い競技者で、挙上時のしびれ・だるさ・脱力感が反復する場合は、単なる使いすぎと判断せずTOSを鑑別の一つに加えたい。早期発見が、保存療法での改善余地を広げる。
まとめ ― スポーツ障害としての胸郭出口症候群への備え
胸郭出口症候群は、一般人口では稀な疾患でありながら、上肢を多用するアスリートでは明らかに発症リスクが高まり、好発年齢や治療後の経過も一般人口とは異なる様相を示す。野球肩・肘や肩関節障害と紛れやすいからこそ、スポーツ現場を支えるセラピストやトレーナーは、TOSを「見えにくいスポーツ障害」の一つとして鑑別の選択肢に加えておきたい。
参考文献・引用元
- Garraud, T., Pomares, G., Daley, P., Menu, P., Dauty, M., Fouasson-Chailloux, A. (2022). Thoracic Outlet Syndrome in Sport: A Systematic Review. Frontiers in Physiology, 13:838014. Frontiers in Physiology(論文原文)/PubMed(米国国立医学図書館・書誌情報)
- 日本整形外科学会「胸郭出口症候群」(公益社団法人)
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著者:ミラウェルの中の人
mirawell メディアディレクター
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これまで、約130を超えるセミナーコンテンツの
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・柔道整復師
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